鮟鱇とあんこう鍋料理のお話です

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鮟鱇・前編

 「魚がおらん。。」

 「おらん じゃないだろ。獲れなかったんだろう。

海の中どこかには いるはずだぃ。」 

 

 朝7時の電話でたたき起こされた。

富山の魚目利き、キシさんからだ。

年寄りは早起き、が相場だといっても、あたしは5時間しか

寝てないョ。

 眠いが築地の魚河岸へ仕入れに出向かねばなるまい。

わたしの店は 魚介の大半を富山県から送ってもらっています。

朝獲れの魚たちがその日の夕刻には、航空便で届くことに

なっています。

 ところが、時には時化(しけ)などで魚が獲れなかったり、

飛行機の欠航で送られなかったりで、築地で調達することも

あります。

魚河岸へいくのは、その時節の様々な海産物を見て回れるので

楽しみでもあるのです。もひとつ密かな愉しみがあるのですが

それは後ほど。

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 ここ数年、11月も半ばになりますと、アンコウ(鮟鱇)を

ご予約くださるお客が増えましてね。富山からのアンコウが

手前どもの売り物のひとつになっています。

 アンコウの上物としては、常磐や北海道が有名ですが、

富山のものもかなりいけますよ。

 

 それでは今日は、鮟鱇のお話の“ようなもの”から

はじめましょうか。 

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 口上(目次)

【1】アンコウ 前編

【2】あとがき

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【1】アンコウ 前編

 ■三代目・三遊亭金馬の代表作『居酒屋』ご存知でしょうか。

古いものですがわかりやすくて、アキのこない落語です。

私がいざかやおやじだから、

というわけではなく おすすめです。CDが出ているはずです。

後で調べておきましょう。

 居酒屋屋の小僧あいてに酒を飲む男がいるんですな。

小僧は問われて品書きをまくし立てるのです。

「えー、出来まするものは 汁、ハシラ、タラコンブ、

アンコウのようなもの、、、、」 

 「じゃあすまねえが、“ようなもの”てえのを

一人前持って来てくれ」

 '56年森田芳光監督の映画「の・ようなもの」はこの落語から

引用されたタイトルでした。

 落語の居酒屋にも出てまいりますように、アンコウは庶民の

食い物だったんでしょうな。近頃はちょいと値が張りますが。

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 ■アンコウ(鮟鱇)の名の由来は、愚かな魚の意で

「暗愚魚(あんぐうお)」からアンコウになったというのを

筆頭にいろいろあります。

 私が好きなのは次の説。

 安康(あんこう)な生き方をしている魚だからアンコウ。

「鮟」も「鱇」も国字でしてこの魚のためにつくられた

文字ですって。

 アンコウは1mに達するものもあるほど図体はでかいのですが

動きが鈍い。頭の先の長い提灯(ちょうちん=背ビレの蝕糸))

をユラユラ動かし

それを餌に見せかけて小魚やイカ、ナマコ、タコなど何でも

あの大きな口で飲み込んでしまう。

 英語での呼び名はいろいろあるようですが 

goosefish とかangler fishが代表的なところ。

anglerと言うのは釣り人のことでしょ。

釣をする魚ということになりますか。

 怠け者で働かない人や 仕事が来るまで口をあけて

ただ待っているだけの人をアンコウになぞらえて 

昔ははこういいましたね。

「鮟鱇の餌待ち(アンコウのエマチ)」とか

「鮟鱇の待ち食い」などと。

 安康(あんこう)な生き方 でしょ。

決して、嫌いな生き方ではありません。

「鮟鱇武者(アンコウむしゃ)」という表現もありました。

大口を叩くばかりで役に立たない者をいいます。

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 ■ 江戸後期の儒学者、詩人の頼山陽 1780-1832 は

華臍魚(カサイギョ=あんこうの漢名)の漢詩を詠み、 

その美味はフグより勝ると讃えていると言う。

尤も、山陽はフグを食わなかったようですが。

 山陽がフグとアンコウを連想したのは、

脂肪が少なく(肝にはあります)、皮を剥いで身肉を取り出す、

捌き方も似ているところからでしょうか。

 アンコウの吊るし切り、が有名ですが私のところでは 

よほど大きなものでない限りまな板の上でやっております。

 顎(アゴ)の下に鈎を突き刺して吊るし、口から水を

注ぎ込んで、内臓を傷つけぬよう捌いていくのが吊るし切りです。

 吊るし切りで思い出すのは、若〜いころに読んだ

村野四郎(1901−1975)の詩、「惨憺(さんたん)たる鮟鱇」

です。村野の好きだったリルケの、

「変な運命が見つめている」が引用されてから始まるのでした。

      顎を無残に引っかけ   られて吊り下げられ

      薄い膜の中での死。   切りさいなみ

      削りとり        だんだん稀薄になっ

      てゆくこの実存。

 

 今は ナイショですがブンガク青年だったんです、アタシ。

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 ■ご存知のとおり、アンコウは七つ道具と称される可食部が

あります。

柳肉(身肉)、水袋(胃)、鰓(エラ)、トモ(鰭=ヒレ)、

ヌノ(卵巣)皮(背と腹)、そして肝(キモ)です。

1月が過ぎるとこれらに卵が加わることも。

 肝は珍味としてことさら人気があり、近年は外国産のものも

比較的安く出回っております。韓国、中国、オーストラリア、

米国ボストン等等。

 味は鮮度のよい日本の近海物にはかないませぬ。

身肉だって刺身で食えるのは近海物だけでしょう。

 身を刺身にするときは、私は湯引きをします。

身を締めるためです。頬(ホホ)肉はそのままでもいいのですが

、一緒に湯引きしております。

 では、身肉湯引きの刺身で あん肝を包んでポン酢醤油で

召し上がってください。  次はホホ肉で肝をはさんで、、、

ご同様に。。。 

・・・・ふふふ。 おもわず 笑みが。。。。

 このあと、2,3 アンコウ料理ご用意してございます。

続いて召し上がっていただきましょうか。

 ご報告は次回ということで。(次回、鮟鱇の後編)

 

 

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【2】あとがき

■♪ I've Grown Accustomed To Her Face

(邦題:あの娘の顔に慣れてきた)

(w)Alan Jay Lerner (m)Frederick Loewe

 ■昔は女性が珍しかった職場だったのでしょうが、築地の

魚河岸でも 若い娘たちが働いております。もちろん顔なじみの

娘もいます。元気があって明るい彼女たちと商売のやりとりを

するのもいいものですな。 

 いえ、違いますよ。先ほど言いました、

”密かな愉しみ”というのは。

それは、おサケ。

 魚河岸には沢山の飲食店がありますが、観光のお客が滅多に

入らない、お気に入りの店が幾つか、ありましてね、

仕入れの帰りがけにちょいと寄るわけです。

後の仕事に差し支えない程度です。

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 朝から大っぴらに飲める場所は、そう多くは

ございませんでしょ。河岸では 夜中から働き、この時間は

仕事帰りの人だっていることですし。

そういう方も含めて 皆さん静かに飲んでいらっしゃる。

  ■今日もありがとうございました。

  次回は、鮟鱇の続編を。おちかい内に。


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どうぞ時々お立ち寄りください。

鮟鱇・続編

冷蔵庫からアレをだしてくれ。アレだ。ナニだよ。早くしてくれ。

 調理場でのいつものこと。また始まったかと、

若い者は思っているのだろうが 仕方が無い。物の名前が

出てこない。

 歳はとりたくないねえ。もともと出来のよくないところに、

連夜のナニで脳みそがかなり いかれちまっている。

 歯がゆいやら情けないやらで 近くの者に 八つ当たり。

連中も「アレ」と言えばわかっている筈だが とぼけていやがる。

ささやかな抵抗てぇやつか。

 で、今日は何でしたっけ。。。そうでした、アレのナニでした。

ナニの話のつづきでしたね。

 アンコウの続編をお届けします。

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■今日の品書き(目次)

【1】アンコウのおすすめ料理

【2】雑炊とおじや

【3】女房詞

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【1】アンコウのおすすめ料理

 前回は、アンコウの刺身を食べていただいたところで

終わりました。

今日は、そのほかのアンコウ料理をご紹介いたしましょう。

【煮凍り】  にこごり。アンコウを煮て出てきたゼラチンを

       利用して、冷まし固めます。ひと口大に切って

       お出しします。

【共合え】  身とあん肝をあえます。

【酢の物】  身と皮、それに胃袋を酢味噌で。

【あん肝】  血抜きして晒した肝を15分から20分ほど蒸して

       冷ましたもの。ポン酢醤油で。

【あん肝豆腐】あん肝を裏ごしして、玉子と出しを混ぜ蒸し

       固めます。

【唐揚げ】  酒、醤油で下味をつけて揚げます。下味なしで

       美味出しや加減酢で召し上がっていただくことも。

【てんぷら】 淡白な身ですから、あっさりとした食感の

       てんぷらに仕上がります。

【煮物】   蕪や壬生菜など季節の野菜との炊き合わせです。

【寄せ物】  あん肝を含めた7つ道具すべてを細かく切って

       蒸しあげます。

       ネギ味噌を掛けたり、添えたり。

【焼き物・1】 塩焼きや照り焼きに炙ったあん肝を添えたり、

       挟んだり。

【焼き物・2】 ムニエルにしたり、ソテーしたりします。

       これにもあん肝を添えます。好評です。

【焼き物・1】 大根とアンコウの鉄板焼き。

      人気メニューです。薄味を含ませて炊いた大根を

      油焼きします。アンコウの身と肝をソテーします。

      これにタレを流しいれ、詰めてソースとします。

      どちらかと言うと大根が主役。

【鮟鱇鍋】  前回ごお話いたしましたアンコウの7つ道具すべて

      召し上がっていただけます。

      アンコウ自体の美味しさをお楽しみいただきたい

      ので、手前どもの鍋地(なべじ)は薄味です。

      それでも充分、コクも旨みもある鍋になります。

      ご希望ございましたら味噌仕立てもいたします。

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 ■味噌仕立てといえば 北茨城・平潟の郷土料理「どぶ汁」が

有名ですね。本来のどぶ汁は水を使わず、肝を炒ったところへ

アンコウと野菜を入れ、これらから出てくる水分で汁に仕立てて

いくものです。

 今ではこのような作り方は殆どしていないだろうと思います。

「どぶ汁」という名は残っていますが、実際は出汁を加えて、

あんこう鍋に近い作り方でしょう。

 ■その どぶ汁風 の作り方、一例。

 

 アンコウの骨と野菜の切り残しに水を加えて昆布をいれ煮る。

これを漉して 出しとします。

 その出しに、あん肝、白味噌、田舎味噌、おろしニンニク少し、

豆板醤、酒粕、ミリンを加えて濃い目の汁をつくる。

 汁を鍋に入れ、適当な大きさに切って霜ふりしたアンコウを

いれ煮ます。焦げやすいので、出しを適宜足しながら、

煮えたそばから食べてください。

 ■上の どぶ汁風 を銘銘の器に入れて蒸し上げれば、

焦げ付きの心配も無く、料理らしくなります。

同業の皆様お試しあれ。蒸し上がり際にセリなどを入れたら

いかがでしょう。

 ■北大路魯山人(1883-1959)が あんこう鍋について記した

文があったはずだと、先日来 探しておりました。

ヤット見つかりました。

 魯山人は『星丘』『雅美生活』『陶心雅報』など、

機関紙といいますか会報といいましょうか、小冊子を

次々発行していました。

そのうちのひとつ『独歩』第2号(昭和27年9月刊行)に、

「鮟鱇一夕話」と題して、次の一文があります。

 『鮟鱇という魚は、鍋料理にすると、すてきにうまい魚である。

 脂肪、ゼラチンに富んでいて、なかなかしゃれた食物である。

 ざらにある魚でありながら、鍋料理中もっとも乙なものとされ、

 高級層にも下級層にも賞味されている。しかも、それが骨以外

 捨てどころの無いという魚で、肉を除いてはことごとく

 うまいところだらけである。この点、珍しく雅俗混合の趣味を

 有し、味にも、見た目にも、ユーモアたっぷりで、親しめること

 、おびただしい。』

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【2】雑炊とおじや

 ■鍋の締めは雑炊(ぞうすい)ですね。これを食いたいがために

鍋料理をはじめるという人もいますから。

 「雑炊」は当て字で、古くは「増水」ですって。

もともとは穀物の粉を水でかき混ぜ煮立てた熱い吸い物でした。

粥(かゆ)にすることで水分を増すことで 増水 なのでしょう。

 「雑炊」ではなく「おじや」がいいとおっしゃる方もおいで

ですが、どのように違うのでしょうか。

 板前に「雑炊」と「おじや」の違いを尋ねてみてください。

こんな答えが帰ってくることが多いのでは。

  「雑炊」は ご飯を洗ってサラサラにしてから使う。

  「おじや」は 洗わずにそのまま入れる。粘り気を重視。

 以前は私もそのようにご説明していましたが。。。

「おじや」を辞書で引いてみますと、

「雑炊の女房詞(にょうぼうことば)」と出ています。

(広辞苑、第2版)

あれぇ〜。同じことだったのか。アレは俗説だったんでしょうか。

 「じや」は煮える音の擬態語(onomatopoeia)だって。

じやじやと時間をかけて煮るから「おじや」なんだって。

 女房詞でありますが江戸時代には既に男も「おじや」という

言葉を使っていたようです。

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【3】女房詞

 ■女房詞(にょうぼうことば)について、おさらいして

おきましょうか。

 室町時代から宮中の女官たちが使っていた、一種の隠語が

始まりですね。多くは衣食に関することです。やがて将軍家に

仕える女性たちに広がり、のちに下々にまで普及しました。

 現代の一般語になったものもあります。

「お」を冠する言葉で「おひや(水のこと)」とか

「おでん(田楽)」など。

いわゆる「文字ことば」では「杓文字(しゃもじ)」や

「御目文字(おめもじ)」があります。

「ひもじい」ということばも言葉もそうです。空腹であること

を「ひだるい」と言っていたようです。

これを「文字ことば」にして「ひ文字」。形容詞では

「ひもじい」となるわけです。

 そろそろ、ひだるくなってまいりましたか。

 あれほどアンコウ料理めしあがったのに。

ではもう少しだけお付き合いいただいて看板といたしましょう。

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つづきは近日中に公開予定です。

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